留学/国連

<国際公務員をめざす>
「よりよい町づくり」は、福岡から世界へ 国連職員として必要な能力は、情熱と専門性

更新日 : 2018/09/03

WFP国連世界食糧計画 日本事務所 政府連携担当官 濵井 貢(はまいみつぐ)

<PROFILE>

中学卒業後、大学入学資格検定(大検)で大学へ進学。卒業後、福岡市役所に就職。青年海外協力隊、アジア経済研究所・開発スクール、ハーバード大学大学院(ケネディスクール)を経て、外務省JPO派遣制度で国連世界食糧計画(WFP)に勤務。派遣終了後、正規職員となる。


国連を志す中高生が増えている。一方外務省も、日本人職員の増加をめざし目下取り組み中だ。例えば「JPO派遣制度」は国際機関を志す若者を当該機関に一定期間派遣し、知識と経験を提供することで正規採用へとつなげるプログラム。国連職員の濵井貢さんもJPOを利用した一人だ。社会人になるまで一度も海外へ出たことがなかったという濵井さんが、どのようにして国連職員になったのか。お話を伺った。

青年海外協力隊で得た確信
「これが自分のやりたかった仕事だ」

 私は生まれ故郷の福岡が大好きでした。この町をよりよくしたい、そんな思いが中学生の頃はっきりと芽生え、そして同市役所の職員になりました。様々な町づくり事業に携わり充実していましたね。しかしある時ふと、一度この町を外から眺める必要があるのではないかと思い至りました。客観的な視点が必要だと感じたのです。

 そこで中国の北京へ、初めての海外旅行に出かけました。衝撃的でしたね。福岡から飛行機で一時間ほどの土地に、これだけ文化の違う人々が暮らしている。もっと色々な国を知りたいという欲が出て、青年海外協力隊への参加を決めたのです。派遣先は南米のパラグアイ。先住民族グアラニーの村で生計向上のための活動を普及する仕事で、野菜の栽培やティラピアの養殖などを行いました。とても面白かった。福岡では140万人の市民が対象の仕事でしたが、ここでは地元のコミュニティと共に手づくりの活動ができる。“これが自分のやりたかった仕事だ”と確信しました。海外で生きていこうと決めたのは、この時です。

 さしあたって必要なのは修士号に裏づけられた専門知識と英語力でしたが、私はどちらも持ち合わせていませんでした。そこでJICAのスタッフに聞いたアジア経済研究所の開発スクールに入学し、英語や開発経済について一年間徹底的に学びました。翌年ハーバード大学ケネディスクールへ留学し、公共経営学を専攻。JPOの試験を受け、合格通知を頂いたのもこの時です。それまで国連の仕事をイメージしたことはなかったのですが、これも何かの巡り合わせだと思い、入職を決めました。つまり私の場合初めから国連をめざしていたのではなく、その時々の思いや人との出会いに導かれ、ここにたどり着いたのです。

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